2004年09月29日

電気屋

 前回は、スポンジのようにプログラミングを吸収した、という所で話が終わった。それの続きなのだが、もう本当にハマってた俺はその電気屋へ毎日閉店までいた。その電気屋、中村電気にはすごいきついおばさんがいて時間になると中々帰らない俺らにしびれを切らし容赦なくブレーカー毎電源を落としてしまう。これは参った。作ってるプログラムを保存する前に電源を切られてしまうのだ。ほんと泣いた。当時はまだフローチャートなんて物は知らず、行き当たりばったりでプログラムしていたからせっかく試行錯誤して作ったサブルーチンがパー。記憶にもなし。次の日はまた同じ所で悩む羽目になる。

 もうこんな所では無理だ、と悟った俺らはどこか他の所にないかと探し始めたら、「俺の親戚が電気屋やっててパソコンあるよー」と教えてくれた神のような友がいて、早速その電気屋に移動。入ってみるとなるほど、BasickMasterJrが1台おいてある。「これ使っていいですか?」と聞くと「いいよ」とのこと。さっそくそこに毎日通うようになる。

 そこは「ヒカリ電気」という日立の電気屋なのだが、ここには本当に世話になった。今の俺があるのはここのおかげかもしれない。いや、ここのおかげだ。早速ここへ師匠も連れて行き、何年も毎日毎日通ってプログラミングを勉強していったのだが、だんだん仲間が増えていって最終的には7〜8人になった。

 数年後、そこの電気屋は改装してデカデカと「日立パーソナルコンピューター」と書いてある看板を掲げ、中には長いカウンターを作ってパソコンを一杯並べてくれた。ほんと感動。ここまで書いていて気づいたがこのころは感動ばっかりだなw。

 初期の頃は覚えていないがそこのカウンターに並んだパソコンは最終的に、FM77AV、S1、Level3Mark5、H1。これくらいだったかなぁ。みんな並んで毎日ゲームしたりプログラムをしていた。本当に充実した毎日だった。本当に楽しかった。

 余談だが、改装後のその店の正面は全面ガラス張りになり、力強く歩いてきてはガーーーンと顔面を打付けて後ろに転がるバカが良くいた。

つづく